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小沢一郎はかねてから、政権交代と電波オークションや記者クラブ廃止を含むメディア改革を政治目的としていた。それを阻止するため、当時の自民党政権、検察、そしてメディアは、小沢に政治権力を持たせないことを至上目的とした。そのための「検察ファッショ」であり、「メディアファッショ」であった。本来なら民主党はこれらと闘うべきであった。が、なぜかそれを行わなかった。そこに民主党の限界と悲劇がある。
 それでも国民は政権交代を選択した。その功績は小沢の政治戦略と戦術の勝利であったことを国民は知っていた。
 ところが次に起こったことは民主党内の小沢排除であった。政権交代による小沢の本格改革を恐れた「反小沢グループ」、それは日本中に生息する「既得権吸血人間」たちのことであった。西松事件の公判で失敗したその日、東京地検は陸山会事件をでっち上げるため石川議員と大久保・池田秘書の3人を逮捕し、小沢を攻め立てた。
 鳩山政権から代わった菅政権は、こともあろうに指導を受け同士であった小沢を攻撃し排除することを政権浮揚の方策とした。東京地検が一年数か月勢力を挙げて捜査しても起訴できなかった案件を、菅政権の工作もあり、検察審査会が憲法を踏みにじり意図的に強制起訴した。
 2009年3月から日本社会を挙げて「小沢排除」を行った結果が、今日の日本の劣化を招いた。その原因は、小沢の「政治と金」をめぐる虚実の捏造、すなわち「嘘」の展開にある。「小沢排除」を政権維持の基本戦略とした菅首相のやったことは、政権交代の原点を放棄した政治運営と基本政策の変更で、自民党政治より悪い政治を行った。
 すると、日本政治の悪性に警鐘を鳴らすがごとく、突然に発生したのが東日本大災害であった。「あらゆる協力をする。何でもいってくれ」と、挙国挙党体制を主張する小沢の要請を、菅首相は拒んだ。未曾有の大災害と原発事故は国難となり、それに対応できない菅政権の機能不全は第二の国難を生ぜしめた。原発事故の情報隠蔽工作は、放射性物質の大量放出と住民の被爆という悲劇を生み、福島県浪江町では「耳なしウサギ」まで生まれた。数10万人もの直接的な犠牲者が出ていたが、菅首相は保身延命のため日本列島を放射能で汚染した。彼は「政治犯罪人」である。しかしメディアはそれをいわない。
 2011年6月2日、衆議院に「菅内閣不信任決議案」が提出され、可決確実と追い込まれた菅首相が選んだのは、鳩山前首相を取り込んだ茶番とペテンの「籠脱け詐欺」であった。不信任案が否決された首相が辞任に追い込まれるという世界の議会史にない珍事が起こったのだ。菅・鳩山確認書には、冒頭に「民主党を壊さない」「自民党政権に逆戻りさせない」とある。大震災で困窮する人々、放射能の恐怖で立ち往生している人々を無視して、二人ともそんなに民主党が大事なのか。国民の生命を守るために必要なら、政党など壊してもいい。そんな発想のない政治家は直ちに引退すべきだ。
 一方、小沢一郎はというと、事あるごとに「お天道様は見ている」と呟いている。


平野貞夫著「小沢一郎 完全無罪 『特高検察』が犯した7つの大罪」の文庫版まえがきより抜粋
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