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田中良紹の「国会探検」より「石原東京都知事辞職の憂鬱」を紹介。

 石原東京都知事が突然辞職した事でメディアが大騒ぎしている。まるで私の言う来年夏までの「大政局」を操る中心人物になると見ているかのようだ。一体日本のメディアはどこを見て何を判断しているのだろうか。「尖閣購入」という「茶番」を演じて行き詰まった政治家が、先の見通しもないまま次なる茶番に突き進んでいるだけではないか。

 昨年4月に石原氏が4期目の東京都知事に当選した時、私は「石原東京都知事当選の憂鬱」と題するコラムを書いた。「立候補する事は150%ない」と言ったにもかかわらず、自民党幹事長を務めていた息子への自民党内からの批判をかわすため、政治に対する意慾より家庭の事情で都知事選に立候補したからである。

 従って当時の石原氏は既に政治家として「プッツン」していた。見識を疑わせる発言を繰り返している。3月11日の東日本大震災に対し「我欲に縛られた日本への天罰」と発言した。「文学者か評論家ならいざ知らず、未曽有の災害を前にした政治家の言葉とは思えない」と私は書いた。

 次に石原氏は「花見の自粛」や「つましい生活」を提唱した。震災が日本経済に打撃を与えている時、経済を収縮させるような発言を政治家はすべきではない。石原氏は政治家と言うより情緒や感情に流される「ただの人」にすぎなかった。「ただの人」を東京都知事に選んだことは日本の不幸だと私は思った。

 それから1年、石原氏は「尖閣諸島を東京都が購入する」という発言を日本ではなくアメリカで行った。尖閣諸島は日本が実効支配しており日中間に領土問題はないというのが日本国の立場である。それまで尖閣諸島に中国や台湾の漁船が来れば日本の海上保安庁が追い返していた。昨年の漁船衝突に際しては船長を逮捕して司法権が及んでいることも示した。そこに波風を起こさせる必要はなかった。

 東京都が島を購入するかどうかは国内問題である。それをわざわざ国際社会に出向いて発言した。その発言に中国が反発して紛争になる事は容易に想像がつく。それは領土問題の存在をアピールしたい中国の狙いにまんまと乗る事になる。ところが石原氏は日中間に領土問題が存在する事を国際社会に注目させようとした。政治家としてまるで賢明とは言えない。

 また二元外交を嫌う外務省が日中関係を東京都に左右させないため国有化に踏み切る事も容易に想像が出来る。もとより石原氏は東京都が買う事など考えてはいなかった。手続きが面倒だからである。むしろ国有化させる事を考えていた。ところが善意の国民から14億円を超える寄付金が集まってしまった。そのため国はそれを上回る20億5千万円の税金を使って地権者から島を買い取る事になった。石原氏は結果的に値段のつり上げに利用された。そして予想通り中国の反日運動に火がついた。

 私の知る右翼民族派は石原氏の行為を「許せない」と怒っている。尖閣購入のために献金をした愛国者を裏切り、自民党総裁選挙で尖閣問題を息子の援護射撃に利用させたからだと言う。だから民族派は本命だった石原伸晃氏が総裁になる事を阻止するため安倍総裁実現に全力を挙げた。彼らは石原氏の尖閣購入をただの「愛国ごっこ」に過ぎないと言う。だとすれば「ごっこ」のために日本企業は襲撃され日本経済もマイナスの影響を被る事になった。

 しかし石原氏の願いは外れ息子は自民党総裁になれなかった。すべてが狂い出したのである。「愛国ごっこ」のつけは大きい。このままでいるといずれ集中砲火の攻撃を受ける可能性がある。「尖閣購入で国益を損ねた石原」のイメージを塗り替える必要がある。それが今回の都知事からの転身である。そこで昔のように「中央集権打倒の石原」のイメージに塗り替える事にした。

 そのためには大阪維新の会の橋下市長を頼るしかない。私の見るところ石原氏は懸命に橋下氏にすがりつこうとしている。橋下氏は表向きつれないそぶりも出来ないだろうが、本当に提携する事になれば橋下ペースでの提携にならざるをえないと思う。それでは石原氏にこれからの政局を動かす力など出せるはずがない。

 石原氏は17年前に国政を捨てた。「すべての政党、ほとんどの政治家は最も利己的で卑しい保身のためにしか働いていない。自身の罪科を改めて恥じ入り、国会議員を辞職させていただく」と本会議場で大見得を切った。小泉総理の政治指南を務めた故松野頼三氏は石原氏のことを「後ろ足で砂をかけていった男が永田町に戻れるはずがない」と語っていたが、永田町には同じ思いの政治家が多いはずだ。

 永田町に戻っても都知事時代のような振る舞いが出来ない事は石原氏も良く知っているはずである。しかし石原氏は戻らざるをえないところに追い込まれた。すべては去年出るつもりのなかった4期目の都知事選に「息子の事情」で出馬し、そして今年の自民党総裁選挙で「息子を総裁」にするために尖閣問題を利用したところにある。それは政治と言うより我欲の世界の話ではないか。



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田中良紹の「国会探検」冷戦後という現実を以下に紹介する。



 1991年12月にソ連が崩壊し第二次世界大戦後の冷戦体制に終止符が打たれた時、アメリカの政治家の多くはモスクワに向かった。歴史的瞬間を自らの身体で感じたいと思ったのだろう。また冷戦の終焉はそれまでの国家戦略を根底から見直す必要をアメリカに迫っており、そうした緊張感も多くの政治家をモスクワに向かわせたのだと私は思った。

 一つの歴史の終わりと新たな歴史の始まりを感じさせる動きだったが、日本に歴史的瞬間を体感しようとする政治家は現れなかった。冷戦の終焉を国会が議論することもなかった。政治家だけではなく日本全体が冷戦の終焉を遠くから見ていた。
 日本人にとっての戦後は、敗戦の荒廃から立ち上がり、他国にはない「勤勉さ」で高度経済成長を成し遂げたという成功物語である。平和主義に徹して冷戦による暴力の世界とは無縁でいることが成功の理由だと思い込んでいた。日本人は冷戦の終焉を「平和の配当が受けられる」と喜び、「自らの立場が根底から変わる」とは考えなかった。

 しかしアメリカは冷戦の終焉を喜んでなどいない。アメリカ議会では、ソ連の核の拡散をどう防ぐか、米軍の配備をどう変更するか、ソ連に代わる諜報の標的は何かなど、新たな秩序作りに向けた議論が3年余り続いた。その議論の前提にあるのは、米ソのイデオロギー対立で抑えられていた民族主義、宗教、文明の対立が世界中で噴き出し、世界は著しく不安定になるという認識である。

 その不安定な世界をアメリカが一国で管理する戦略とは何か。アメリカはそれまで以上に世界の情報を収集・分析する必要に迫られ、首都ワシントンのシンクタンク機能は強化され、諜報活動も冷戦時代以上に必要と認識された。一方で安全保障戦略の中枢は軍事から経済に移行すると考えられ、対ソ戦略を基にした米軍の配置を見直し、経済分野における諜報活動が強化されることになった。
 そうした中で「ソ連に代わる脅威」とみられたのが日本経済である。日本の経済力を削ぐ事がアメリカの国益と判断され、日本経済「封じ込め」が発動された。その一つが「年次改革要望書」を通して日本に国家改造を迫る事である。また一つは高度経済成長の司令塔であった官僚機構を弱体化させる事であった。さらに日本国家の血管部分に当たると言われる金融機関を抑え込むためBIS規制が導入された。

 アメリカの「年次改革要望書」は自民党の宮沢政権から麻生政権まで引き継がれ、小泉政権はこれに最も忠実に対応したが、09年の政権交代により鳩山政権の誕生でようやく廃止された。官僚機構でアメリカが標的にしたのは大蔵省と通産省である。東京地検特捜部が「ノーパンしゃぶしゃぶ」をリークし若手官僚を逮捕した接待汚職事件で大蔵省は威信を喪失、貿易立国を主導してきた通産省も輸出主導型経済を批判されて往時の面影を失った。そして自己資本比率8%の達成を迫るBJS規制は日本の銀行を貸し渋りに追い込み、企業倒産の増大と経済活動の停滞という「失われた時代」に日本を突入させたのである。

 アメリカが日本経済を目の敵にした理由は、戦後日本の経済成長は日本人の「勤勉さ」によるものではなく、冷戦のおかげだと考えるからである。アメリカのソ連封じ込め戦略は、アジアでは日本、ヨーロッパでは西ドイツを「反共の防波堤」にするため、両国の経済成長を図る事にあった。敗戦国の日本と西ドイツがアメリカに次ぐ経済大国となりえたのは冷戦のおかげである。しかし日本の高度経済成長はアメリカ経済にまで打撃を与えた。
 日本製品の集中豪雨的輸出がアメリカの製造業を衰退に追い込み、1985年、ついにアメリカは世界最大の借金国に転落する。一方の日本は世界最大の金貸し国となった。それでも冷戦体制にある間はアメリカが日本と決別することはできない。アメリカの軍事力に「タダ乗り」して金儲けに励む国をアメリカはただ批判するだけであった。

 ところが冷戦が終われば事情は異なる。もはや「タダ乗り」を許すわけにはいかない。アメリカの軍事力にすがりつかなければ日本の安全保障は維持できないと思わせる一方で、そのためには出費を惜しまないようにする必要がある。日米安保体制は冷戦の終焉で終わる運命にあったが、中国と北朝鮮の存在を理由に「アジアの冷戦は終わっていない」とアメリカは宣言し、日米安保は再定義され継続された。

 しかし中国と北朝鮮はかつてのソ連と異なる。ソ連は世界を共産主義化しようとしたが、中国も北朝鮮も世界を共産主義化しようとはしていない。していないどころか「改革開放」という名の資本主義化を目指している。ただ両国とも軍事に力を入れているところがアメリカにとって都合が良い。中国と北朝鮮の脅威を強調すれば日本から金を搾り取ることが出来るからである。
 北朝鮮がミサイルを撃てば日本はイージス艦やMD(ミサイル防衛)やアメリカの兵器を購入する。しかしその北朝鮮が最も手を組みたがっている相手がアメリカである事をアメリカはよく知っている。一方の中国はアメリカにとって今や日本以上に重要な経済パートナーである。相互依存度もダントツなら、日本をしのぐための技術開発でも米中は協力している。しかも核を持つ大国同士だから戦争することはありえない。アメリカは中国に追い越されたくはないが、いずれ米中2国で世界を管理する日が来るだろうと考えている。

 地下資源があるとみられる北朝鮮にもアメリカは興味がある。ミャンマーのような民主化を達成できれば、中国以上の影響力を行使できると考えている。日本の小泉政権がアメリカの頭越しに北朝鮮と国交正常化を図ろうとしたが、アメリカは断固としてそれを許さなかった。同じように日本が周辺諸国と手を結ぶことをアメリカは望まない。日本はアメリカとだけ友好関係を築き、中国が大国化するのを牽制するために利用できる存在であればそれで良いのである。それが冷戦後のアメリカの基本戦略である。

 8月10日に韓国の李明博大統領が竹島に上陸して領土問題に火をつけた。大統領はその後も民族主義を煽る言動を繰り返して日本を挑発している。この人物の政治手法は小泉総理と似ている。アメリカを政権運営の後ろ盾としながら、小泉総理が靖国参拝で日本国民の反中国感情を刺激したように、慰安婦問題を持ち出して韓国の反日感情を刺激している。おそらくアメリカの許容範囲と見ているのだろう。

 15日には尖閣諸島に香港の活動家が上陸して逮捕・強制送還される事件が起きた。いずれも日本にとっては許しがたいが、日本の領土問題には第二次大戦とその後の冷戦体制が色濃く影を落としている。北方領土問題はそもそも太平洋戦争に勝利するためアメリカがソ連に千島列島を帰属させると約束して対日参戦を促した事から始まる。竹島は冷戦体制であったが故に日本は日韓協力を優先させて韓国の暴挙を見逃してきた。そして尖閣問題でアメリカは介入しない事を明言している。

 竹島や尖閣をアメリカが「日米安保の対象地域」と発言しても、国益にならない領土問題にアメリカが介入する事はない。つまり領土問題は日本が独力で解決する以外に方法はないのである。すでに世界が冷戦型思考を切り替えているのに、日本だけは「アジアの冷戦は終わっていない」とアメリカに教えられて冷戦型思考を引きずってきた。しかしこの夏に起きた領土を巡る不愉快な出来事は、日本が自身の戦後史を振り返り「冷戦後」の現実を直視するための格好の機会である。日本は自力で生き抜くしかない「冷戦後」の現実を下敷きにして今後の国家戦略を構築していくべきなのである。

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