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「小沢問題」を通じて私に見えてきたものとは、いま日本に「新しいファシズム」が展開し始めたということである。「ファシズム」の教科書的定義は、「資本主義が危機的状況となると、権力が暴力装置を活用して機械性民主主義による政治の機能を失わせ、独裁的政治を展開する」ということだ。
「暴力装置を使った政治など、日本では行われていない」という異論が出てこよう。しかし、よく考えてほしい。情報社会での暴力装置は、必ずしも物理的な暴力装置だけではない。社会心理的な暴力装置というものもある。21世紀ではファシズムの定義も再考が必要である。繰り返しになるが、「小沢問題」での大手マスコミの報道は、検察の根拠なきリークだけでなく、捏造された「事実」が次から次へと報道され、その異常さは「社会心理的な暴力」といえるものだった。小沢がインターネットのメディアと、記者クラブに属していないジャーナリストたち、たとえば上杉隆氏が代表を務める自由報道協会を通じてしか発信しないものもむべなるかな、である。
 2009年3月の西松事件は、麻生太郎自民党政権の関与なしには考えられない。大久保秘書逮捕の2日前の3月1日に、私は当時の森英介法務大臣から小沢排除を予言するかのような暴言を直接に浴びせかけられていた。麻生首相は、何としても民主党への政権交代を阻止したかったのであろう。大久保秘書逮捕だけでは効果がなく、次に仕掛けたのが「優勢不正事件」で石井一民主党副代表問題であった。その結果が、村木厚子厚労省元局長の冤罪事件である。
 国民が民主党に政権を交代させるという歴史的決断をしてから、何が起こったのか。検察と大手マスコミは、国民の選択を無視するわけにはいかず、せめて小沢一郎に民主党政権の中でイニシアティブをとらせないようにしたのである。民主党内にも、それに同調し「小沢排除」に躍起になっている輩もいた。鳩山由紀夫首相が間に立って迷いに迷う。その結果、「政策の協議決定に関わらない幹事長」という、歴史的失笑に値する役に小沢は就くことになる。
 その直後、特別国会のあり方について小沢から相談があったので、「マニフェストの基本に重要な党役員は閣内で職責を果たすとある。政策の協議決定に参加しない与党幹事長では、議院内閣制は運営できない」と答え、民主党政権は長く続かないと指摘しておいた。案の定、鳩山政権は1年ももたなかった。ところが、小沢が渾身の思いで誕生させた菅直人首相は、先述の通り、事もあろうに最大の恩人である小沢の「政治と金」を意図的に、虚言を持って国民に訴えて、「小沢排除」を断行した。
 そして、内閣や党の要職に、とかくの話題を持つ弁護士政治家を起用した。東京地検特捜部が、二度にわたって不起訴と決めた小沢に対し、検察審査会は、法令どころか憲法に反する結論を下し、小沢を強制起訴へと追い込んだのである。真実を見分けようとする有識者のなかには、この動きに政治権力の影響があったとする見方が多い。
 驚くべきことはそれだけではない。民主党執行部が、強制起訴される小沢に、政治倫理審査会に出頭するよう強要したのだ。
 弁護団の意見もあり、裁判過程に入ってからの出頭に時期的注文をつけた小沢を、事もあろうに「党員資格停止」とし、その期間を党規約に違反して「裁判終了まで」と強行決定した。党として事実関係を調査したうえならともかく、大手マスメディアの捏造報道だけを根拠にである。その狙いは菅首相が退陣した場合、党代表選挙に出馬できないようにするためであった。野党の多くは不見識にも国会での証人喚問を要求した。
 このわが国の議会制民主主義の実態を、何と考えるべきであろうか。これを私は「新しいファシズム」と定義づけたい。「小沢問題」は、社会心理的な暴力装置となった大手マスメディアを、当初は検察が、次に菅政権が、そして与党民主党、さらに国会全体が利用して、議会制民主主義の基本である国民の代表である国会議員の基本権を奪い取ったのだ。
「新しいファシズム」は、本来、独裁的権力抵抗すべき政党や議会が、率先して議会制民主主義の基本原理を侵していることを特徴としているのだ。それにほとんどの国会議員や有識者が気づいていない。東北地方を襲った巨大地震と同じような恐ろしいことが、日本の社会で起こっている━━。


平野貞夫著「小沢一郎 完全無罪 『特高検察』が犯した7つの大罪」の文庫版まえがきより抜粋
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小沢一郎はかねてから、政権交代と電波オークションや記者クラブ廃止を含むメディア改革を政治目的としていた。それを阻止するため、当時の自民党政権、検察、そしてメディアは、小沢に政治権力を持たせないことを至上目的とした。そのための「検察ファッショ」であり、「メディアファッショ」であった。本来なら民主党はこれらと闘うべきであった。が、なぜかそれを行わなかった。そこに民主党の限界と悲劇がある。
 それでも国民は政権交代を選択した。その功績は小沢の政治戦略と戦術の勝利であったことを国民は知っていた。
 ところが次に起こったことは民主党内の小沢排除であった。政権交代による小沢の本格改革を恐れた「反小沢グループ」、それは日本中に生息する「既得権吸血人間」たちのことであった。西松事件の公判で失敗したその日、東京地検は陸山会事件をでっち上げるため石川議員と大久保・池田秘書の3人を逮捕し、小沢を攻め立てた。
 鳩山政権から代わった菅政権は、こともあろうに指導を受け同士であった小沢を攻撃し排除することを政権浮揚の方策とした。東京地検が一年数か月勢力を挙げて捜査しても起訴できなかった案件を、菅政権の工作もあり、検察審査会が憲法を踏みにじり意図的に強制起訴した。
 2009年3月から日本社会を挙げて「小沢排除」を行った結果が、今日の日本の劣化を招いた。その原因は、小沢の「政治と金」をめぐる虚実の捏造、すなわち「嘘」の展開にある。「小沢排除」を政権維持の基本戦略とした菅首相のやったことは、政権交代の原点を放棄した政治運営と基本政策の変更で、自民党政治より悪い政治を行った。
 すると、日本政治の悪性に警鐘を鳴らすがごとく、突然に発生したのが東日本大災害であった。「あらゆる協力をする。何でもいってくれ」と、挙国挙党体制を主張する小沢の要請を、菅首相は拒んだ。未曾有の大災害と原発事故は国難となり、それに対応できない菅政権の機能不全は第二の国難を生ぜしめた。原発事故の情報隠蔽工作は、放射性物質の大量放出と住民の被爆という悲劇を生み、福島県浪江町では「耳なしウサギ」まで生まれた。数10万人もの直接的な犠牲者が出ていたが、菅首相は保身延命のため日本列島を放射能で汚染した。彼は「政治犯罪人」である。しかしメディアはそれをいわない。
 2011年6月2日、衆議院に「菅内閣不信任決議案」が提出され、可決確実と追い込まれた菅首相が選んだのは、鳩山前首相を取り込んだ茶番とペテンの「籠脱け詐欺」であった。不信任案が否決された首相が辞任に追い込まれるという世界の議会史にない珍事が起こったのだ。菅・鳩山確認書には、冒頭に「民主党を壊さない」「自民党政権に逆戻りさせない」とある。大震災で困窮する人々、放射能の恐怖で立ち往生している人々を無視して、二人ともそんなに民主党が大事なのか。国民の生命を守るために必要なら、政党など壊してもいい。そんな発想のない政治家は直ちに引退すべきだ。
 一方、小沢一郎はというと、事あるごとに「お天道様は見ている」と呟いている。


平野貞夫著「小沢一郎 完全無罪 『特高検察』が犯した7つの大罪」の文庫版まえがきより抜粋
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