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平野貞夫著「小沢一郎 完全無罪 『特高検察』が犯した7つの大罪」の文庫版まえがきより抜粋

「裏切られ、騙されたとはいえ、菅政権をつくった責任は私にある。困ったことになった・・・・・」
 2011年2月7日、政治家小沢一郎は事務所で懇談中の私に、しんみりとこう語った。原口一博衆議院議員が、菅首相の様子や与野党の動きの説明を済ませた直後であった。この日は、陸山会事件における石川知裕衆議院議員らの第一回公判が、東京地方裁判所で始まった日でもあった。
 原口氏の話は、「菅首相の様子がおかしい。党内事情などで適切な判断ができなくなっている。これなら破れかぶれ解散の可能性もある」など、官邸の雰囲気が以上である旨の内容であった。
 すべてが自分の責任といわんばかりの小沢に、私が、「昨年6月の菅政権づくりは失敗だが、その責任は9月の代表選挙の出馬で明確に果たしていますよ。もはや菅政権民主党政権ではありません。政権交代の原点にどう戻すか、これを考えましょう」というと、小沢はここ数年の苦難の日々を思い起こすかのように黙り込んでしまった。

 2009年3月3日の西松事件で小沢事務所の大久保隆徳規秘書逮捕から始まった「小沢の政治と金問題」は、3年以上の歳月を経た。この西松事件は2010年1月13日の第二回公判(東京地裁)で、なんと検察側証人の西松建設元総務部長が、「西松側の政治団体はダミーでない」と、検察側立憲を否定し、事実上裁判を終了させることになった。
 この事件での検察敗北の恨みを晴らすかのように、東京地検特捜部によって、当日の午後4時頃から、石川知裕衆議院議員事務所や陸山会事務所などの強制捜査が行われた。陸山会事件の始まりである。そして同月15日、民主党大会の前夜、石川議員は逮捕されることになる。政権交代後初の通常国会の召集日の3日前だった。検察は大手マスメディアを利用して、小沢一郎という政治家を政界からどうしても排除したかったのだ。
 大久保秘書の逮捕や石川議員の問題について、大手マスコミの報道や検察側の主張は事実に反していた。自民党政権による政治捜索であり、「検察ファッショ」であることを確信していた私は、同年4月、講談社から『小沢一郎完全無罪「特高検察」が犯した7つの大罪』を刊行し、検察とマスコミのあり方に警鐘を鳴らした。そして1年以上が過ぎた。
 検察は西松事件から始まり陸山会事件にかけて、専門家の推定で約30億円という税金を浪費し、社会心理的暴力装置となり下がった大手マスコミを総動員して、小沢一郎の政治的追放を企んだが、小沢本人を起訴することはできなかった。
 しかし、驚くべきことに、民主党の菅直人政権になって、検察審査会という憲法違反の疑いのある機関を使って、小沢排除の謀略は続けられた。検察審査会を利用した「人民リンチ」で、小沢を強制的に起訴するに至ったのだ。大手マスコミが「小沢問題」を異常なほどに取り上げても、陸山会事件で検察が狙った「水谷建設からの裏金」は虚位であったことを、国民の多くは理解するようになった。「小沢問題」が政治謀略であることが知られるようになったのである(彼らがなぜ小沢一郎を恐れるかは、本書の中で詳しく述べている)。
 そして2011年5月24日、陸山会事件の公判で2人の証人の重要な証言が行われた。しかし、ほとんど目立った報道はなく、多くの国民は知らされていない。それは水谷建設から小沢事務所に裏金は渡されていないことを証言したものだ。
 午前中の証人は、裏金を渡すため、赤坂のホテルまで川村尚元社長を送ったとされる元運転手で、「記憶も記録もない」とし、サインを強要された供述書の訂正を求めたが、応じてくれなかった、と証言した。午後は事件のキーマン、水谷建設も元会長、水谷功が、検察が主張する裏金のシナリオについて、「裏金の管理は厳格で、裏金心得があり、これまで教示してきたことと今回は違い、考えにくい」、また「自分は現場に立ち会っていないし、不明瞭な点が多々ある。実際に裏金が渡ったかは分からない」と証言した。
 これで検察側が多数の証人を公判にくり出し、小沢一郎という政治家を政界から排除しようと、東日本大震災復旧の最中まで展開したあの手この手の謀略が消滅し、検察の欺瞞性が明確になった。思えば2009年3月の西松事件での大久保秘書逮捕以降、検察が仕組みメディアが協力した「小沢の政治と金問題」は、事実上、幕を閉じた。


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植草一秀の『知られざる真実』より、以下に紹介する。

松本龍復興担当相の岩手や宮城での振る舞いが話題を呼んでいる。

 政治家の器の小ささが際立つ今日この頃だが、日本が衰退する理由を端的に表す事例に思える。
 
日本が衰退している理由が三つあると思う。
 
 第一は、日本の進路を示すべき立場にある者が、「公」ではなく「私」に基軸を置くようになったことである。
 
 明治維新が成立して、新しい時代が開かれた。しかし、維新の志士の心の基軸が「公」から「私」に転じていった。
 
 西郷南洲翁遺訓に
「命もいらず名もいらず、官位も金もいらぬ人は始末に困るものなり。この始末に困る者ならでは、艱難を共にして国家の大業は成し得られぬなり」
とある。
 
 維新が成立し、維新の志士が要職に就くようになると、志士が志士ではなくなり、私士に変節していった。
 
 司馬遼太郎は『翔ぶが如く』に次のように記述する。
 
「官というのはすなわち盗賊であるということが、この当時天下一般の士族や農民の心象に、濃淡の差こそあれ、広がりつつある印象であった。
 
 たれよりも西郷がこのことには敏感であったし、とくに、革命を幸いとして成りあがった下級士族が、官にあって、「家屋を飾り、衣服を文(かざ)り、美妾を抱へ、蓄財を謀」っているという現実に対して、「そのようでは維新の功業がとげられぬばかりか、戊辰の善戦も私利を営んだことになる」(『南洲遺訓』)と、心を暗くしているのである。」
 
 明治維新が実現したのちの「清と濁」の戦い、「公と私」の戦いが、明治六年政変であった。「清」は「濁」の前に敗れ去った。
 
 大久保は薩摩に属しながら、長州の「濁」を守る存在として行動し、「清」の巨星であった江藤新平や西郷隆盛を抹殺したのである。
 
 この明治六年政変以来、官による私利の追求が、日本の支配者の底流を流れ続けてきた。それが、、いまや日本を覆い尽くすように蔓延している。

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人類を滅亡させかねない深刻な核事故が発生したにもかかわらず、原発推進に一斉に足並みを揃える利権複合体の存在は、この国の中枢が、私利だけを追求する悪徳集団と化していることを象徴的に示している。
 
 公務員は本来、国民に対する奉仕者である。自分のためではなく、国民のために行動する存在、国民のために全力を尽くすのが、一般公務員および特別職公務員である国会議員の役割だ。
 
 ところが、多くの政治家の頭に、この発想は存在しない。司馬遼太郎が「革命を幸いとして成りあがった下級士族」と表現した存在は、松下政経塾出身の政治家のイメージに重なる。菅直人政権の執行部を見る限り、政権交代が本来目指した方向など、完全に忘れ去られたかのようである。
 
 第二は、官や政治家が、自分たちを「お上」だと勘違いしていることだ。戦後憲法においては、日本の主権者は官僚でも政治家でもない。一般国民こそ主権者なのだ。
 
 官僚も政治家も、国民のために尽くす存在、国民に対する奉仕者である。
 
 震災、原発事故で、多くの同胞が巨大な苦しみを受けている。このようなときに、政府が迅速に行動し、被災地や被災者のために全力をあげて行動することは、主権者国民の意思に基づいて決定されたことであり、その決定に基づいて、国民に対する奉仕者である官僚や政治家は、まさにこまねずみのように働かねばならぬ存在なのだ。
 
 ソファにふんぞり返って、上から、「やってやる」などと語る姿勢は、それだけで行政官失格の行動だ。

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第三の問題は、このような事態を主権者である国民が放置、あるいは容認してしまっていることだ。本来は、主権者は国民であり、官僚も政治家も、主権者国民の御用聞きに過ぎないことを、名実ともに、体現してゆかねばならない。
 
 政治家や官僚が黒塗りの公用車を使い回し、国民の税金である官房機密費を高級外食費に充当するなど、言語道断の振る舞いなのだ。彼らの公務には燃費の優れた軽自動車を使うべきだし、税金を高級飲食に充当するなど、公金横領行為である。
 
 主権者国民が、自ら「下々」に成り下がってはならない。政治家や官僚を、決して崇めたりしてはならないのだ。さすがに、本音で崇める者はいないだろうが、振る舞いにおいても、そのような筋違いの行動を取ることが政治家の勘違いを増長させる。
 
 清廉潔白で民のために尽くす、本来の政治家が存在するなら、放っておいても民の側が尊敬するようになる。
 
 私は日本に顕著な「お上意識」および「下々意識」を、「お上と民の精神構造」と表現した。同時に、この構造が定着したのが江戸時代であると考え、これを「1600年体制」と表現している。
 
 主権者である国民の側が意識を変革し、決定権を持つ。国家の主は自分たち国民であるということについて、強い自覚を持つ必要がある。
 
 だからと言って、政治家や官僚に命令口調で話をするのでは、松本龍氏と同レベルに成り下がってしまうから、相互に尊重し合う関係を構築することが大切だ。しかし、意識のなかでは、常に、大衆である国民が、すべての決定権を持つことを正しく認識していなければならない。

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宮城県の村井知事は、復興会議などで提案が示された、漁業への企業の参入などを、主権者国民に対して、上から押し付ける姿勢でこれを推進しようとしているが、主権者が地元の漁業関係者であるという基本を忘れるべきでない。
 
 知事こそ、草の根主権者の声を尊重しなければならないのに、村井知事の言動は、主権者国民の声よりも、利権を求めて中央の官僚機構が提示する火事場泥棒的施策に、あまりにも従順でありすぎるように見える。
 
 この意味では、松本復興相だけではなく、村井知事も批判にさらされる必要がある。
 
 日本の衰退は、
 
①社会のリーダーの地位を担わねばならぬ人々の大半が公を忘れ私的利益の追求だけに疾走していること、
 
②主権者国民のために奉仕しなければならない公務員が、自らを「お上」と勘違いして、国民に奉仕する姿勢を失っていること、
 
③主権者国民が社会契約によって国家の中核を担わせている人々の勘違いと怠慢を、主権者国民が放置、あるいは容認してしまっていること、
 
によってもたらされていると考える。
 
 松本龍復興相の行動は、こうした日本衰退の原因を図らずもくっきりと浮かび上がらせている。
 
 このような復興相を直ちに罷免し、国民全体の意識改革を実現しなければならない。

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