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増税の「理」と「利」、 田中良紹氏の「国会探検」より前文を紹介する。

 問責を受けた仙谷官房長官の交代に抵抗してきた菅総理は、抵抗しきれないと見るや、財務省念願の消費税増税路線が鮮明となる内閣改造に踏み切り、一方でTPPへの参加を政権の重要課題と位置づけることで、アメリカの戦略に従う姿勢を見せた。そこから見えてくるのは財務省とアメリカを政権の後ろ盾にしたい菅政権の姿勢である。

 戦後の日本を支配してきたのはアメリカと官僚である。政治はそれに従属してきた。政治が国家の最高権力にならないと国民は「主権」を発揮する事が出来ない。民主主義とは名ばかりの「官主国家」が、戦後の冷戦構造によってアメリカに育てられ、高度経済成長を成し遂げた。

 ところが冷戦が終ると状況は一変する。日本を育てる必要がなくなったアメリカは、安保に「ただ乗り」して蓄えた金を日本から搾り取ろうと考える。一方の官僚は構造変化に対応することが出来ず、既得権益を守る立場に汲々とした。こうして日本の沈没が始まる。国家の構造を変えない限り日本は救われない。自立した政治が望まれるようになった。

 それが09年の政権交代に現れたと私は思っている。国民と政党に権力がある国の政権交代は権力を巡る政党同士の戦いだが、日本はそうではない。政権交代してからの1年半、民主党政権は自民党と戦ってきたわけではなく、普天間問題や小沢氏の「政治とカネ」の問題が示すように、アメリカと官僚というこれまでの権力から攻撃された。

 アメリカの日本支配は半世紀以上、官僚の日本支配は一世紀以上だから、政権交代ですぐにひっくり返せる相手ではない。4年がかりで政党政治の足場を築き、次の4年で政治主導を確立するという時間軸で私は見ていた。ところが菅政権は早くもアメリカと官僚に膝を屈した。これでは何のための政権交代だったのかと思えてくる。

 これまでの日本政治を見ると、権力基盤の弱い政権ほど露骨に対米従属の姿勢を打ち出してきた。弱小派閥出身の中曽根康弘氏や小泉純一郎氏の政権はその典型である。田中派とその流れを汲む最大派閥に抗するため、アメリカを後ろ盾にする必要があったからだ。その見返りに日本はアメリカの要求をさんざん飲まされてきた。菅政権の顔の半分はそれである。

 一方で中曽根氏も小泉氏も増税路線は採らなかった。行政改革や構造改革を訴え、増税は他の政権に先送りした。反対に財政当局の望み通りの増税を実現したのは竹下登氏である。党内最大派閥という権力基盤を持っていたから取り組んだが、その竹下氏は消費税を福祉目的税にすることを考えた。しかし官僚に反対されて断念した。

 そこに官僚的発想と政治家的発想の違いを見る。官僚は、何にどう使うかを縛られずに税金を多く取りたい。「使う」方ではなく「取る」方に関心がある。なるべく多くをとって余裕を持って使い道を考えたい。自分の裁量の幅をなるべく広げたいと考えるのである。

 しかし政治家は税金を払う国民に近い立場にいる。日頃から国民に接していると税金を取ることがいかに難しいかがわかる。国民に税金を払ってもらうには、納得してもらえる「エサ」が必要だと考える。何に「使う」かを言わずに「取る」ことなど出来ない。こちらは「取る」よりも「使う」に関心がある。

 強い政権基盤を持つ竹下内閣は消費税の使い道を福祉に限る税制にしようとしたが官僚に反対されて断念した。政権基盤の脆弱な菅政権に何が出来るのか。私は官僚にとって都合の良い方向への「地ならし」の役目を担わされると見る。なぜなら民主党のマニフェストは「使う」ことを先行実施して、「取る」ことを後回しにする内容だからである。

 民主党のこれまでの主張は、1.消費税の増税は4年間やらない、2.する時は選挙で国民の信を問うてから、というものであった。その上で少子化対策としての「子供手当て」や、先進国の中で比率の低い教育投資を増額するための「高校授業料無料化」や、これまで公共事業に頼ってきた農業を振興するための「農家戸別所得補償」など、自民党の言う「バラマキ政策」を打ち出してきた。

. 「その財源は何だ!」と批判する方はやたらとうるさいが、これこそ「使う」を先行実施し、国民に恩恵を与えたうえで、その財源を最初は行政の無駄を省く事でひねり出し、どうしても足りなくなれば、国民にすでに支給されているサービスの財源を消費税にしても良いかと聞くための材料ではないかと私は思ってきた。

 国民は「理屈」で動くものではない。「利益」で動くものである。その事を最も良く理解していたのはあの坂本龍馬である。凡百の勤皇の志士は「尊皇攘夷」を叫ぶだけだったが、龍馬は世の中を動かすのは「理」ではなく「利」である事を知っていた。薩長連合は理屈で出来たものではない。長州には鉄砲を薩摩には食糧を提供するなど、それぞれの藩の欲しいものを取引したから成り立った。それが日本の歴史を変えたのである。

 歴史を変えるとか、政治を行なうとはそういうことで、正論を百万回叫ぶより、欲しいものを呉れてやることだと知っていた龍馬はたぐい稀なる政治家である。この感覚は官僚的思考からは絶対に生まれない。官僚的思考は正しい理屈が実現しないのはおかしいと考えるのである。そして次にそれは国民が馬鹿だからと考え、最後に無理矢理にでも実現しようと考える。だから官僚政治は国民から嫌われる。これまでの消費税の歴史を見てくるとそういう気になる。

 しかし官僚は無理矢理をやっても自分は傷つかない。傷つくのは政治の方である。必ず国民からしっぺ返しを食う。民主党マニフェストのやり方は国民の反発を最小にする方法で消費税の増税をしようとしたものだと思うが、官僚は使い道を政治家に決められてしまう事に反対だ。だからそれを変えようとしている。官僚が政権を「使い捨て」にする例をこれまでも何度も見てきた。さしずめ菅政権に霞が関が期待しているのはそういうことではないか。

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産経の【政論】国民の「怒り」を理解できぬ「どん菅」「とんちん菅」に記事をそのまま紹介する。

 菅直人首相は、国民が政権の何に憤っているのかをまるで理解できていない。13日の民主党大会で眉間にしわを寄せ、党所属議員に「自信を持とう」と訴える首相の言葉と国民意識との乖離(かいり)を思い、改めて寒々とした心境になった。

 首相のあいさつは国民感情に鈍感であり、その論理はとんちんかんだった。

 「この政権交代からの1カ月半、大きな意味で民主党が進めてきたことは間違っていなかった」

 民主党政権の実績をこう総括したが、初っぱなから「1年半」を「1カ月半」と言い間違えた。そもそも「大きな意味で」とぼかすところも自信なさげだ。一事が万事、この調子で焦点が合っていない。

 菅政権が失速したのは、昨年9月の沖縄・尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件をめぐる姑息(こそく)な「逃げ」の対応がきっかけだ。ところが、首相は13日も非を認めずにこうごまかした。

 「尖閣の問題などで『リーダーシップがない』『ダメじゃないの』と抽象的に批判を受けている」

 果たして批判は抽象的だったか。首相の外遊中を狙って那覇地検に中国人船長の釈放を発表させ、それを通常の刑事手続きだと強弁して恥じない政権の卑怯(ひきょう)さは隠しようがない。

 海上保安庁が予定していた衝突映像の公開にストップをかけ、「ビデオを出したら国民は激高する」(民主党幹部)、「あれを見たら国民感情が燃え上がってしまう」(政務三役)などと国民を蔑視した姿勢が憤激を招いたのではないか。

 「われわれ主権者は政府に嘘をつかれ、信用されず、知る権利をないがしろにされている」

 多くの国民がそう直感したはずだ。インターネット普及で誰もが情報を発信でき、かつ情報共有できる時代だというのに、首相は情報操作と隠蔽(いんぺい)を試み、結局は映像流出事件で恥の上塗りをした。
にもかかわらず首相は13日の党大会でも「子ども手当は歴史的に画期的な政策だ」などとのんきに自賛を続けた。さらに、野党が社会保障の財源論議などに積極的に参加しないならば「歴史に対する反逆行為だ」とも断じた。首相は歴史をつかさどる神なのか。

 有権者の怒りについて民主党の森裕子参院議員は「選挙区でそれぞれの議員が、民主党への憎しみのようなものを投げつけられている」と語った。もはや「憤り」を通り越し、「憎しみ」なのである。

 首相が「発信」のため5日に出演したテレビ朝日の報道ステーションの平均視聴率6・9%は、前4週平均の14・7%の半分以下。前後の番組の平均視聴率はそれぞれ10・0%と11・2%を記録しており、首相が画面に映った瞬間にチャンネルを変えた視聴者が多数いたことが推察される。無関心ではなく、嫌悪感がそうさせたのではないか。

 党大会での亀井静香・国民新党代表のあいさつは的確だった。

 「今の民主党はみっともない! みっともない! こう言わざるを得ないじゃありませんか」

 14日には皇居で「歌会始の儀」が行われるにもかかわらず、首相は内閣改造に固執した。高齢の天皇陛下のご負担よりも自らの政局的思惑を優先させたわけだ。実にみっともない。

 「解散で信を得たとき本物の内閣になる。仮免許が本免許になる」

 首相は平成20年10月、こう述べて当時の麻生太郎首相に早期の衆院解散を迫った。この論理に従えば、菅首相はまだ「仮免許」のままだということになる。小手先の内閣改造などに逃げず、堂々と信を問うてはいかがか。(阿比留瑠比)

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