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田中良紹の「国会探検」のブログで田中氏は毎度バカバカしい日本のメディアというタイトルでメディア報道のレベルの低さが、国民には日本政治の「山の形」も「森の形」も見えなくなる。せいぜいが1本の木の、それも葉っぱ1枚の動きに右往左往する事になると述べている。以下引用する。


 私が「液状化する自民党」を書いた翌日に自民党の鳩山邦夫衆議院議員が地元で谷垣執行部を批判し、翌15日に自民党に離党届けを提出した。同じ日に自民党の幹事長代理を務めていた園田博之氏も役職を辞任した。鳩山邦夫氏は自民党の中枢から外れた人間であるが、幹事長代理は自民党執行部の一角をなす要職である。その要職にあった園田氏の辞任は既に自民党執行部が崩れ始めた事を意味する。

 ところがメディアは園田氏の辞任には目もくれず、鳩山邦夫氏の一挙手一投足を追いかけた。離党したのだから新党結成に動くと見たのだろう。しかし多少でも政治を知る者なら新党結成がどれほど容易でないかを知っている。ただのパフォーマンスに近い行動より、崩れ始めた自民党内部の力学に目を凝らす方が政治取材の本道だと思うのだが、今のメディアはそうならない。

 自民党が崩れ始めたのは今のままでは参議院選挙に勝てる見込みがないからである。「政治とカネ」をいくら追及しても、民主党にダーティなイメージを植え付けて支持率を下げさせても、それだけでは選挙に勝てない事を自民党は知っている。長年政権の座にあって権力を知り、「政治とカネ」の攻撃を受けてきた経験からそう考える。選挙はイメージだけでは動かない。選挙は生活そのものであるからだ。

 政治の奥深さを知る自民党が今のままでは選挙に勝てないと考えているのに、民主党の方にも今のままでは参議院選挙に勝てないと叫ぶ連中がいる。こちらは政治を知らない未熟児であるため世論の動向で選挙が動くと信じている。しかし選挙は国民が生活を賭けて判断するものである。スキャンダルを批判してもそれでメシが食える訳ではない。メシを食わせてくれる政治かどうかを考えて国民は1票を入れる。

 最近の政治報道は「世論」の動向ばかりを喧伝している。おそらくメディアが散々利用された小泉政治のマインドコントロールから抜けられずにいるからだろう。小泉純一郎氏はなる筈のない総理になったため、自民党内に全く権力の足場がなかった。そこでメディアを利用して「世論誘導」を行い、自民党の外に足場を作った。「世論」だけが頼りの政治が始まり、政治の本道が見失われた。すると生活にひずみが出始め、そこで国民は気付いたのである。昔からの熱心な支持者ほど自民党から離れた。昨年の総選挙で自民党が野党に転落したのはそのためである。

 国民が民主党に政権を取らせたのは、「民主党らしさ」に期待を寄せたからではない。亀井静香氏に言わせれば、「民主党がコペルニクス的転換を図った」からである。小沢一郎氏が代表に就任して「生活が第一」を選挙スローガンに掲げた事が民主党に勝利をもたらした。国民は「世論」の人気だけを得ようとして「生活」に目もくれなくなった小泉政権以来の自民党に「ノー」を突きつけたのである。

 だから旧体制の権力は小沢一郎氏を狙い撃ちにする。明治以来「毎度おなじみの手法」で攻撃が仕掛けられた。中央公論の4月号でオランダ人ジャーナリストのカレル・ヴァン・ウォルフレン氏が指摘しているように、戦前の天皇制官僚国家は選挙で選ばれた政治家の力を骨抜きにするために非公式の政治システムを作り、それが第二次世界大戦後も連綿と続いてきた。官僚制度を防御するための装置はメディアと二人三脚で動く検察である。

 「検察とメディアにとって、改革を志す政治家たちは格好の標的である。彼らは険しく目を光らせながら、問題になりそうなごく些細な犯罪行為を探し、場合によっては架空の事件を作り出す」(中央公論4月号「日本政治再生を巡る権力闘争の謎」)。最も手強い小沢氏さえ排除できれば後は簡単である。その他の民主党議員を訴追できるネタはいくらでもある。しかもそれらの議員はネタを表に出さなくても、裏で脅せば思い通りに操ることが出来る。こうして誰にも気付かれずに「政治主導」と思わせながら「官僚主導」を続けられる。

 検察は小沢氏を起訴することが出来なかったが、それと二人三脚のメディアを使って旧体制の権力は次の攻撃に入った。小泉政治が得意とした「世論誘導」である。「世論調査」を「世論誘導」の道具にした。だから毎週の如くに世論調査が行われる。「世論調査を信ずるバカ」でも書いたが、毎週の如く行う調査に金は掛けられない。安い費用で雇われた下請け会社が発注元の期待に添う結果を出すため、顔の見えない相手を電話で誘導尋問する事などいとも簡単である。その程度の調査をもっともらしく見せるため、新聞は一面トップで、テレビもトップ項目で扱う。嘘も百回言えば本当になるように、インチキも大々的に見せれば信ずるバカが出てくる。

 そのレベルの報道だから、国民には日本政治の「山の形」も「森の形」も見えなくなる。せいぜいが1本の木の、それも葉っぱ1枚の動きに右往左往する事になる。ウォルフレン氏の日本政治を見る目は私と共通するが、不思議なのは日本のジャーナリストが自国の歴史を踏まえて政治の現状を見ようとしない事だ。「利益誘導型政治」や「金権政治」がどこから出てきた言葉なのか、「政治とカネ」のスキャンダルがどのように作られてきたかを全く見ていない。

 昨日、公明党の神崎武法元代表と坂口力元厚生労働大臣が任期途中で議員辞職する事が明らかになった。「体調のため」とされているが、それを信ずる者はいないだろう。二人は自公連立を象徴する政治家である。その二人が政界から姿を消すことは、鳩山邦夫氏の離党などよりずっと政治的意味を持つと思う。農協も財界もどこを向いているかを考えると、参議院選挙に向けた布石は着々と打たれている。そして「風頼み」でしか選挙の出来ない連中だけが、得体の知れない「世論」という幻想にすがって政治をやろうとしているのである。

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二月十二日、衆議院予算委員会で与謝野馨氏が質問に立った。幾つもの大臣を勤め、総裁候補にもなった、あの与謝野氏とは別人である。

彼の質問を聞いてあまりにの品格のなさに私は目を疑った。自民党は世も末だと改めて痛感した。
 
 これに関して的確に書かれているブログがあるからご覧になってみて下さい→「南華のブログ」
サンデー時評:まるで骨なし軟体動物みたいだ

 三週続けて自民党への嘆き節を書くことになる。どうにも腹の虫が治まらない。なぜこんな情けない政党になってしまったのか。

 佐藤政権の初期、政治記者になってから四十三年になるが、この間、言ってみれば自民党ウオッチャーだった。分量的には批判記事の方がはるかに多かったが、手ごたえがあるからこそ批判もできたといえる。

 しかし、いまの自民党には手ごたえがない。批判する気力もなくなりかけている。政権を失いそうだからではない。勝敗は八月末になればはっきりすることで、それを待てばいいが、下野するにしろ、辛うじて政権を存続させるにしろ、政界再編に動くにしろ、このままの自民党ではだめだ。

 骨のない軟体動物になったように、私には映る。かつては骨っぽい人物がたくさんいて、党の骨組みもしっかりしていた。しかし、衆院を解散した日の麻生太郎首相はじめ、自民党議員の言動には末期的な骨抜きの姿があからさまだった。

 まず、解散前に開かれた衆参両院議員懇談会の冒頭で、麻生さんはこう言ったのだ。

「反省とお詫びを申し上げなければならない。一つは私個人についてです。私の発言や『ぶれた』と言われる言葉が、国民に政治への不安、不信を与え、自民党の支持率低下につながったと深く反省している。

 もう一つは、都議選をはじめ地方選において支援者の方にお力添えをいただきながら、所期の目的を果たせなかった。私に対する評価や自民党内の結束の乱れが良くない影響を与えた」

 首相あるいは自民党総裁としての資質に欠けると自ら告白しているような内容である。これではまるで辞任記者会見じゃないか、と思いながら聞いた。

 天下分け目の戦いが火ぶたを切る日、陣頭で旗を振る総大将が、檄を飛ばすかわりに反省とお詫びでは、意気があがるはずがない。バッジをはずして戦場に赴く候補者たちは可哀そうすぎるじゃないか。

 もう一つ、「『ぶれた』と言われる言葉……」という言い回しが大変ひっかかる。「ぶれた」とメディアなどが批判している、というニュアンスで、

「私の発言がぶれたために」

 とは言わない。わざとぶれさせた、それも作戦のうち、とひょっとして麻生さんは内心思っているのかもしれない。それなら謝ることはないのだ。しかし、反麻生感情を和らげるために、この際、まとめて反省してしまえ、ということなのか。反省の仕方にまでケチをつけて恐縮だが、常習的な〈ぶれ〉にいらいらし通しだった国民の側としては、ここは大事なところだ。
 ◇お詫び連発の麻生さん リーダーの資格に疑問

 一体、麻生さんはぶれてまずかったと本音で思っているのか。思っているとすれば、〈ぶれ〉はどれとどれなのか。実はこの反省の言葉からしてぶれている。麻生さんは最初、

「地方選挙は地方選挙。(結果について)私に責任はない」

 と繰り返していたのに、一転して〈私に対する評価〉が影響した、に変わった。この便宜主義は新たな不信を呼ぶのではないか。

 自信屋の麻生さんである。心底から反省しお詫びしているとは思いにくいが、同じ日、夕刻の記者会見でも、似たようなセリフを述べた。

「私の不用意な発言のために国民に不信を与え、政治に対する信頼を損なわせた。深く反省している。自民党内の結束の乱れについて、私が至らなかったため、国民に不信感を与えた。総裁として心からお詫び申し上げる」

 不信、不信と繰り返し、突然、お詫びしたからといって不信が軽減されるというものでもない。最初に、骨のない軟体動物のような、と書いたが、麻生さんのお詫び作戦にもそれを感じた。

 骨のある人なら、反省・お詫びしっ放しでなく、そのあとに、どう身を処すべきかと考える。いわんやトップリーダーだ。

〈それほどお詫びしなければならないような頼りがいのない人物に、国の政治を託せるのか〉

 と考えるのが常識的である。ところが、麻生さんは、常識などお構いなく、さあ解散だ、と言う。反省・お詫びは、〈麻生解散〉を納得させるための方便のようにみえた。

 今度の衆院選は、政権選択、言い換えれば〈次の首相〉をだれにするか、を決めるために行われる。鳩山由紀夫さんか麻生さんか、自民党候補者は、

「引き続き麻生さんを……」

 と訴えなければならないが、果たして候補者の何割が本気でそう思っているだろうか。自民党支持の有権者も、一〇%台の支持率しかない、反省・お詫び連発の麻生さんに、次期首相の期待をかけながら一票を投じるだろうか。

 どうせ自民党は負けて、そこで麻生さんは辞めるのだから、と開き直っているのだとすれば、日本の政党政治にとって、とんでもない不幸なことが進行している。やはり、自民党は、

「四度までも〈選挙の顔〉を替えるのか」

 と世間の批判を浴びても、麻生さんに身を引いてもらうべきだった。それができなかったのは、骨なし軟体動物になり果てたからだ。

 麻生さんは、祖父、吉田茂元首相が五十五年前、解散に踏み切ろうとして周囲から反対され退陣した時の無念を晴らしたのでは、といった報道がしきりである。そうかもしれないが、すでにレームダックだった吉田さんの暴走を止めた緒方竹虎、池田勇人、佐藤栄作ら幕臣の判断と行動が正しかったのだ。

 今回も側近の与謝野馨財務相らがそんなそぶりをみせたが、しょせん緒方ではなかった。吉田さんは、

「では、大磯でゆっくり本でも読むか」

 と言って首相官邸を去ったそうだが、引き際をどうするかという大事な場面での、祖父と孫の器の違いかもしれない。

 反麻生のお歴々も反省・お詫びにコロリとなった。骨なし自民党、どこへ行く。

<今週のひと言>

 山口・防府、無残。霊安かれ。

(サンデー毎日 2009年8月9日号)



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麻生太郎首相は25日、衆院解散後初の地方遊説として、仙台市青葉区で開かれた自民党宮城県連の政経セミナーで講演し、冒頭、解散をめぐる党内混乱を陳謝し、「党員・党友に心配と迷惑を掛けた。改めるところは改め、生まれ変わったつもりで戦いに臨む」と述べた。
 この仙台の前に横浜市内で開かれた日本青年会議所の会合で、高齢化対策に関し「介護を必要としない高齢者は8割を超えている。こうした元気な高齢者をいかに使うか。この人たちは皆さんと違って働くことしか才能がない。80過ぎて遊びを覚えても遅い。60過ぎて80過ぎて手習いなんて遅い。働ける才能をもっと使い、その人たちが働けば、その人たちは納税者になるんだよ」と悦に入ってしゃべっている。
麻生首相は自分で60過ぎて80過ぎて手習いなんて遅いといっている。今から漢字を覚えたり、言葉の使い方を覚えることは出来ないということを自ら認めている。麻生首相が生まれ変われるわけがないということだ。

麻生首相は元々客寄せパンダとして総理総裁になった。だからすぐに解散総選挙を打たなければならなかったが、麻生太郎にとってみれば、夢にまで見た総理総裁、誰が何と言おうが「かえるの面に小便」、ただただ総理の椅子を暖めることしか能がなかった。選挙の応援に行けば、この前の東京都議選で証明されたように、客寄席どころか客が逃げていく。都議選で1人区は7カ所あるが、麻生総理が応援に行った6カ所は自民党党候補が全員落選、唯一応援にいかなかったところが当選している。
これでは自民党内から「麻生下ろし」が起こるのも無理はない。ところがKYな麻生首相は「麻生下ろし」を封じるために解散に打って出た。誰が観ても自民党にとっては最悪の時期である。麻生首相は自民党のことなど、ましてや国民のことなど眼中にはない。ただただ自分の護身しか脳裏にはない。
麻生太郎さん、都議選の時のように応援要請がない候補者のところにもどんどん行って、「テレビと実物とどっちが恰好良い?」と自分を売り込みなさい。
ただ言っておくが、麻生首相は曲がりなりにも日本国の総理ですから、タレントではありませんよ。
そういっても老人にはもう遅いか…


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さあ、いよいよ解散。
毎日新聞が18、19日、全国世論調査を実施したところによると、次期衆院選で自民党と民主党のどちらに勝ってほしいかを尋ねた質問では、民主党との回答が56%と前回調査(6月13、14日)より3ポイント増え、自民党の23%(前回比4ポイント減)を大きく引き離した。
さて今回の解散のネーミングは…
与党側からいえば

「追い込まれ解散」「やけくそ解散」「自滅解散」「迷走解散」「KY解散」「阿呆解散」「大儀なき解散」「解散の為の解散」[負けることが読めない解散」「お手上げ解散」「無能解散」「分裂解散」「麻生のお遊び解散」「どん詰まり解散」「やりたくない解散」「崖っぷち解散」

野党側いえば

「政権交代解散」「待ちくたびれ解散」「待ってました解散」


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全選挙区で自主投票 青森県農政連、自民に不信感

 青森県農業者政治連盟(県農政連)は10日、青森市で開いた役員会で次期衆院選の対応を協議し、青森1~4区の全選挙区で自主投票とする方針を決定した。1996年の小選挙区制導入以降、県農政連が自民党公認候補を推薦しないのは初めて。農政連は理由として、自民党の農業政策への不満などを挙げている。

 次期衆院選に向けては、県農政連に対し、4選挙区の自民党現職と、1区の無所属新人、4区の民主党公認で元議員の計6人が推薦願を出している。

 青森1、2、4区にある県農政連の計6支部は、それぞれ数カ月の協議を重ねた結果、10日までに自主投票の方針を決定。3区に支部はないが、6支部の意見を考慮し、同日の役員会で自主投票を決めた。

 役員会後、記者会見した県農政連の角浜光昭委員長は「いずれの支部も(自民党現職を)推薦できないという以上、本部としても自主投票とするしかない」と説明した。

 松本淳司幹事長は「ころころ変わる農業政策や、自民党を長年支援してきても所得が減少していることに、農家の不満や不信が限界に達した」と指摘。「民主党が政権を獲得すると、農政が変わるかもしれないとの期待感もある」と語った。

 支部の下部組織には、民主党候補を推薦すべきだとの意見もあったという。
 自主投票の決定について、自民党県連の幹部は「農政を頑張ってきたのは自民だとの思いがあったので残念だ。今の自民に対する逆風の象徴だろう」と話した。<河北新報>


自民党の地盤である農業者から自民党離れが始まった。
時代の大きな変化が始まった。この流れはもう誰も止められそうにない。

明日は東京都議選、都民の皆さん、投票に行きましょう!



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