平野貞夫の「永田町漂流記」より紹介。

■議会政治を崩壊させたのは誰か

 賢明な日本国民は、平成21年8月の衆議院総選挙で、自民党から民主党への政権交代を自らの意志で選択した。これは120年のわが国議会政治で、国民が初めて総選挙で新政権をつくった画期的なことであった。もっといえば、大和朝廷以来初めて民衆が創った政権といえる。その意味では歴史的出来事であったが、この認識を民主党所属の国会議員が持たなかったことに、今日の政治混迷の原因がある。

 鳩山政権では政権運営に不慣れということで済ませたが、菅政権に代わると議会政治の破壊行為が続いた。菅首相は「議会制民主主義というのは期限を切ったあるレベルの独裁」という趣旨のことを、国会質疑などで発言していた。これは反議会主義の危険な発想であることを、学者も巨大メディアもまったく指摘しない。健全な議会政治とは、過半数の力があればあるほど少数野党や国民と議論し説得して行うものだ。

 菅首相、仙谷官房長官、枝野幹事長の国会での発言や参議院選挙での議論に、議会政治の少数意見への配慮という姿勢は垣間もなく、この3人はかつての共産圏にあった議会政治を利用する内ゲバ政治家だと感じた。その後、政権交代の原点を破壊する政治を続けていたが、東日本大震災では国家の統治行為も、国会の機能もことごとく破壊した。菅政権が120年続いたわが国の議会政治を破壊したといえる。

 議会政治を崩壊させたのは、菅政権と民主党執行部であるが、その責任は与党だけではない。野党も含め、全ての国会議員が自覚しなければならない。多くの国会議員は、議会政治の本質と仕組みについて無知である。というよりも関心がなく、国会の制度や手続を司法のそれと同質だと思っている議員が圧倒的に多い。有名大学や高学歴の政治家ほど、この傾向が強く議会政治の原理や精神に関心がないことに問題がある。

■明治の議会政治家の精神に学べ

 わが国の議会政治が崩壊状態になった責任は私にもある。衆議院事務局33年、参議院議員12年、そして政治評論を7年という人生のなかで、もっともっと議会政治の原理と精神を国民に啓蒙すべきであったと反省している。この反省を肝に銘じ、酷暑の中、緊急出版として『議会政治の誕生と国会―崩壊・再生への道―』(信山社)を執筆中である。

 8月23日現在、大正時代の議会政治を終えたところだ。これまでで感動したのは、第15回議会・明治34年3月22日、衆議院本会議での足尾銅山鉱毒問題に対する田中正造議員の伊藤博文首相に対する質問である。「鉱山師の奴隷政府」という名演説で、中心部分を紹介する。

  鉱毒の害というものは、地面が亡くなってしまう。元金が亡くなってしまう。同時に人類も亡くなってしまう。これをこのままにしてし まうと、人民は死に国家は亡くなってしまう。足尾銅山の鉱業主は古河市兵衛である。古河市兵衛の奴隷の働きだ けは止めてくれろ―お聞き下さい。自分の兄弟は乳の足らぬために死 ぬ。耕すべき地は無い。悲しいと言って出てくる請願人には、大臣が面会しない。それを苦労して出てくる者は、捕らえて牢に打ち込む。

  来たる第16議会に於て田中正造は出ませぬ(議員辞職する)でも、これは国家の問題でございますから、・・・伊藤内閣は古河市兵衛の奴隷なり、という辞を発せられない様に私は望んで置く。

 この田中正造の演説を知って、私は福島第一原発事故の放射能被害の悲劇を思った。鉱毒被害と放射能被害は共通点がある。まず、今回の原発事故について、国会や公開の席で、田中正造のような民衆を思う精神で政府を追及した政治家はひとりもいなかった。ただ唯一、ニコニコ動画の記者会見で小沢一郎が「放射能被害対策のみならず、原発事故そのものの収束も含めて、国の責任で行うべきだ」という発言が印象に残っただけだ。全国会議員は、福島第一原発事故に明治の義人・田中正造の精神を体して取り組むべきだ。

 それにしても、菅政権の原発事故対応は人間に対する冒涜である。「直ちに影響はない」と三百代言の情報隠蔽と操作で嘘に嘘を重ね、国民の暮らしに無要の混乱をもたらした。拭いがたい政治不信をつくった責任を微塵も感じないのが菅直人首相だ。人間に非ずと断じておこう。

■代表選の前にA級戦犯の総括と小沢氏等の党員資格停止の解除を

 不思議でならないことは、民主党代表選挙がどういう理由で行われるのか、まったく報道されていない。理由は菅政権が行き詰まったからだ。菅首相に政権担当能力がなく、岡田幹事長には国会運営と党運営能力がないことが原因である。従って、代表戦を行う前にやるべきことは、まず、菅政権の失政を総括することが民主党再生の絶対条件である。

 失敗のA級戦犯にあたる菅首相、仙谷内閣官房副長官、岡田幹事長らは、公開の両院議員総会で反省の総括を行うべきである。悩みに悩んだ末に、代表選出馬を決意した前原前外相も、やはりA級戦犯だ。八ッ場ダム・JAL問題、さらに尖閣列島の中国漁船衝突問題で無責任政治を行ったことを総括すべきだ。また、京都での前原氏の「政治とカネ」問題は、深刻な事態と聞いている。政権与党の代表となれば、民主党の崩壊にもなりかねないことを危惧する。

 彼らは議会政治の冒涜と、政権交代の原点である「国民の生活が第一」の目標を潰してしまった。民主党内の議論もなく、政権交代の魂を売り払った理由と責任を国民に説明すべきである。

 ところがこれをやろうとしない。理由は、巨大メディアが菅政権に甘く政治の混迷の真実を報道しないからである。その代表が朝日新聞だ。8月22日の東京版社説と若宮主筆の「座標軸」には驚いた。これこそが議会政治の本質を知らない典型だ。社説は「なぜ続く短命政権―病根は『参院』『常在戦場』」と題し、政治的混迷の病根を参議院制度や両院の選挙制度にあるとしている。

 若宮主筆は「劣化きわまる政治 抜本改革を―二院制と選挙制度」と題して、同趣旨のことを論じている。政治の劣化と混迷の原因が、菅民主党政権の無知と無能と不見識にあるのではなく、両院制度や選挙制度の欠陥に問題があるという主張だ。まったくの論理のすり替えであり、天下の朝日新聞がこれだから、日本の政治の劣化は治らない。その病根が朝日新聞にあることを糾弾しておく。

 人がつくるものだから、どんな制度でも完全無欠のものはなく、むしろ、それに携わる人間が正常でなければ制度が機能しないことは世界の常識だ。議会政治もまったく同じである。

 日本で不正常な、例えば、菅政権の指導者のような人材を育てたのは朝日新聞といえる。朝日新聞の体質と民主党A級戦犯たちの体質は似たものがある。それは、理屈では社会正義を主張するが、その実態は自己利益の方便として利用するという「新左翼的内ゲバ」思想だ。わが国にとって「脱原発」も必要だが、「脱朝日」はより以上に重要である。

 民主党代表選挙を、挙党体制で党再生の機会にしようとするなら、小沢一郎氏はじめ、田中真紀子氏ら菅内閣不信任案に欠席した議員の「党員資格停止」を解除することがその入り口である。

 そもそも、菅・仙谷・岡田という反小沢のトリオが政権延命のために仕組んだのが、小沢氏の党員資格停止であった。検察審査会の強制起訴は、検察の一部と東京第二弁護士会を使って、某政治家が政治的に策略したといわれていた。検察審査会の議決に違法性があることを証明できる材料を我々は持っている。がそれよりも、強制起訴の前提となる「石川議員の検察調書」が、東京地裁において証拠として採用されないことが決定した。この事実は、小沢氏の党員資格停止を解除する要件となる「状況の変化」である。

 もっというなら、小沢氏の裁判は起訴却下で中止されるべきである。それを制度がないという理由で続けるようだが、こんなに人権を無視したことはない。最高裁の決定で可能なはずだ。

 小沢氏を党員資格停止として、菅民主党執行部が「小沢排除」を断行したことに今日の混迷の根本原因がある。このことが理解できない民主党の国会議員は政治家を続ける資格はない。(了)

高知県出身、元参議院議員、平野貞夫氏の「憲政史に残る民主党十六名の志士」を紹介する。

 2月17日(木)、民主党衆議院議員16名が「民主党政権交代に責任を持つ会」(通称:民主党国民の声)を結成、「民主党・無所属クラブ」の岡田克也会派代表に会派離脱届けを提出した。同時に新会派届けを衆議院事務局に提出したが、岡田会派代表から16名の議員が離脱した旨の届けがなされるまで、新会派届けは衆議院事務局預かりとなった。

 突然の出来事で、永田町は大騒ぎとなった。ほとんどの政治家と記者たちは、この十六名の活動と手続の真意を理解できないようだ。岡田会派代表に至っては、「会派離脱届は無効だ」と、司法試験勉強中の学生のような発言をしている。とても政治家の感性を持っているとはいえない。新会派結成宣言を真摯に読むべきだ。宣言文は「菅政権は国民との約束・マニフェストを捨て、政治主導の御旗も捨て、国民の生活が第一も捨て、本来の民主党そのものを捨て、民主党の支持の上に比例代表で当選した我々の存在意義すらも打ち消した」と、単独比例で選出された国会議員の心の叫びを列挙している。そして「我々は民主党と国民との約束の上に存在する比例代表の議員だからこそ、本来の民主党の姿とはかけ離れた今の菅政権にはもう黙っていない」と、はっきりとその覚悟を示している。久しぶりに見る政治家としての志に敬意を表したい。

 私は昨年以来、わが国の議会政治の劣化、特に国会議員の志の低さと、見識のなさを批判し続けてきた。先週のメルマガ・日本一新で、「完全にファシズム化した民主党が、このままの状況であってよいだろうか。民主党所属議員たちよ、エジプトの民衆の方がましだと言われないよう、国家の危機に対処して欲しい。来週の動きを期待して注目している」と結んでおいたが、16人の志士は「日本一新の会」の願いを見事に果たしてくれた。

 この16人の「民主党政権交代に責任を持つ会」のこれからの展開を予測しておこう。前例のないことだと、新会派の結成を葬ろうとする意見があるが、実は前例があるのだ。平成7年1月17日、当時の社会党で山花貞夫衆議院議員ら17名が、村山自社さ政権に反対し、社会党に会派離脱を提出したことがある。丁度、この日の早朝に阪神淡路大震災が発生し、この会派離脱届けは国会で議論されることなくウヤムヤとなった。手続としてどういう問題があるかといえば、岡田会派代表の主張する「無効論」は間違っている。同じ党籍で会派を複数持つことは理論的にはあり得ることだ。

 地方議会では自民党籍のまま二つの会派が存在するのはざらにある。現に金沢市議会では、民主党員で「金沢民主議員会」と、「民主クラブ」の二つの会派がある。国会では法規的に妨げるものはない。かつて、菅首相が所属していた「社民連」という政党が、「社会党会派」と「民社党会派」に所属していたことがある。このことについて議院運営委員会で議論した前例がないだけである。

 その議論を始めるためには、岡田会派代表が16人が離脱した旨の届けを出すことが必要となる。多分、岡田会派代表は党の方針に従わないとして、党規違反の処分をしてくる。16人の志士たちには、菅政権と岡田執行部の行動こそ「党規違反」として、民主党の機関に提起して議論すればよい。しかし、岡田執行部は異常な党運営で引き延ばしを図ることになろう。結局は、ある時点で党の離脱「新党の結成」やむなしとなる可能性がある。

 となると、統一地方選を目前に「衆議院解散」という緊張状況を背景に、民主党内の問題を離れ、与野党にわたって、菅政権を継続させることが国益となるか、という政変モードとなろう。そこで混乱を深めるか、冷静にわが国の政党政治のあり方について議論が起きるか、重大なポイントである。折から地方政党の活動が注目されている。16人の志士の決断は、このようにわが国の政党政治の構造・システム改革のきっかけになる可能性がある。「日本一新の会」は、こうなることを期待してる。

京都から日本を変えよう
 東京は永田町で、民主党16人の志士の決断により、菅政権やマスメディアの大騒ぎが収まらない18日の午後、私は京都で、「日本一新の会」の行事に参加した。日本一新の会・京都支部で「河上みつえ元衆議院議員後援会主催の「居酒屋ミニ集会」に出席のためだ。せっかくの機会なので、多くの人が集まりやすい、「四条河原町」で街頭演説もやろうということになった。

 京都といえば、幕末に日本を改革した原点であった。私の人生の師、故前尾繁三郎元衆議院議員議長の出身地・選挙区でもあった。まず、嵯峨・清涼寺の前尾先生の墓参りからスタートさせた。墓前で政治状況を説明し、日本に真の議会民主政治 ── 国民の幸せを第一とする政治の確立に尽力された意志を実現させることを誓った。

 「四条河原町」の街頭演説は、メールなどで呼び掛けた関西の「日本一新の会」のメンバーを中心に大勢の市民が駆けつけてくれた。

 まず、小沢塾出身の大谷啓衆議院議員が、混迷する民主党内の状況と再建を誓った。そして、会派離脱届を提出した16人の志士の一人である渡辺義彦衆議院議員が、決断への経緯と覚悟を示すとともに、これからの方針を語った。さらに河上元衆議院議員が力一杯、志士への連帯の意を表明するとともに「京都から日本を変えたい」と支援を訴えた。

 私は、土佐は四万十川・足摺岬生まれで、京都の戦乱の落人が先祖であることから話を始め、現在の日本政治で最優先すべきことは、菅首相の退陣により、党派を超えて健全な常識を持つ政治家で救国・選挙管理政権を樹立すべきだと訴えた。

 最大の理由は、エジプト改革から始まった中東の問題が紛争から戦争に変わる可能性があり、世界の混乱が激しくなる中で、菅首相では日本は生き延びていけないことである。更に、日本政治の劣化の最大の原因は、政党の劣化である。既成政党である民主党・自民党・公明党・共産党・社民党は、いずれも二十一世紀の変質した資本主義と情報社会の中で、いかなる政治を行うべきか、反省も展望も持っていない。どの政党も民意を代表し、指導する能力を失っている。

 民主党の16人の志士の動きは、彼らが意識していないかも知れないが、政党政治を改革する出発点である。天命が16人の志士にそれを命じたといえる。この京都には昔から秀れた政治家が出て活躍した歴史がある。現在でも、谷垣自民党総裁や前原外務大臣がいるが、この人たちがどの程度、自己の利害を捨て、国家と国民、そして人類に尽くせるか、新しい政治の仕組みを真剣に考えて欲しい。

 民主党に会派離脱届けを出した16人の志士のことを、巨大メディアは口をそろえて、背後に小沢一郎がいるとか、単独比例の生き延び策と、意地悪く中傷している。私には彼らの志が新しい日本をつくる原点になることがはっきりと見える。既成政党と巨大メディアの不条理な生き残りを許してはならない。16人の志士の行動は、多くの国民が心で考えていることを実行してくれたと思う。

 坂本龍馬は生きている。十六人の志士の心の奥深く───!

菅首相は魂を官僚に売り、国民を欺き、犠牲にし、自分の権力の維持にのみ執着している。このままじゃと日本は潰れるぜよ。
 元参議院の平野貞夫氏がメルマガで菅首相を痛烈に批判しているので以下に紹介する。

 こんな内閣総理大臣を、日本国民はいつまで存在させるのだろうか。昨年9月の民主党代表選挙では「総理をくるくる変えるのは良くない」という俗論が通用したが、ここまで来ると、もはや国家の存亡に関わる問題であり看過できない。

 驚いたのは、菅首相の年頭記者会見だ。元旦に、首相公邸で開いた新年会に顔を見せた国会議員が45名と、小沢邸の120名に比べて著しく少なかったため、用意した弁当が150個も余ったという情報が流れたことが頭にきたのか、終始、支離滅裂の会見であった。

 それを例によって、朝日新聞がその社説で『本気ならば応援しよう』と論ずるに至っては、この国は完全に昭和初期のファシズムの道に突き進みだしたといえる。悪夢の再来である。「日本一新運動」の最大の目的は、日本のファシズム化を阻止することだ。

 さて、菅首相の年頭会見は「国のあり方について三つの理念を申し上げる」という大見得から始まり、1、平成の開国元年、2、最小不幸社会、3、不条理を正す政治、というものであった。翻って、いま何としても必要なことは、政権交代した歴史的意義を確認し、公約の「国民の生活が第一」を実現するために、民主党が挙党一致で邁進することだが、その気はまったくないようだ。

 ところで、菅首相が表明した三つの理念を、坂本龍馬流の妙見法力による四観三元論で分析すると大問題がある。

 まず、1、「平成の開国元年」だが、TPP(環太平洋パートナーシップ)について、「貿易自由化の促進や、若者が参加できる農業再生をやり遂げなければならない」と、言葉では誰もが反対できないデマゴーグを行っている。この政策は、米国の経済支配の中で生きていけという仕掛けがあることを知っておかねばならない。これこそが、さまざまな角度から検討すべきことで、6月を最終的な判断などとは米国の大統領選挙に利用されるだけだ。

 次に、2、「最小不幸社会」だが、昨年6月17日の創刊号メルマガでも述べたように、最少でも「不幸」を撲滅するのが政治の目的でなければならない。一定の「不幸」の存在を容認して社会政策を構想するのは、学者の理論であっても、断じて政治の理念になり得るものではない。狙いは税制改正という名の消費税率の値上げである。「社会保障の整備」という美名をもてあそび、財政悪化の責任から逃れようとする官僚の手のひらで踊らされ、自らの権力保持の欲望を満たすために、庶民を犠牲にする菅首相の根性の汚れに問題がある。

 私の体験を言っておこう。昭和63年の消費税導入は、占領体制下で歪められた税制度を改革するという歴史的意義があった。竹下政権も政権保持のためという私欲はなかった。どうにか成功したものの、あろうことか、協力した野党要求の福祉増額予算を政治資金へ摘み食いした政治家がいた。

 当時の厚生官僚の知惠で特養施設などを食い物にして、その後二人の総理大臣が誕生することになる。そして腐敗した官僚は天下りで、国民年金を食い物にしたのが、近時の社会保障の歴史であった。菅首相がいかにキレイごとを言おうと、官僚に尻尾をつかまれた政権を信用することはできない。消費税制度の改革が必要なことは、その成立に深く関わった私は、誰よりもよく承知している。そのためには、行財政改革に対する官僚の意識改革が絶対の条件である。

 このことについて、年内には制度の立法過程を出版する予定だから、詳述は譲りたい。財政再建を、取りやすい消費税に逃げ込もうとする官僚と、それを悪用する政治家たちを追放するのが、消費税制度改革の最低の前提である。

 何よりも大切なことは、現代の人間社会がどんな問題を抱えているか、という歴史認識である。資本主義の21世紀的変質はどんなものであり、社会保障の現代的意義をどう位置づけるか、という思想なくして、消費税を中心とする税制の抜本改革を論ずる資格はない。「やゝ唐突に消費税にふれたために、十分に理解を得ることができなかった」と、菅首相は参議院選挙の時のことを反省しているが、唐突に話すような問題でないことがわからないなら政治家はやめた方がよい。

 次の、3、「不条理を正す政治」だが、小沢さんの「政治とカネ」のことらしい。菅首相の頭脳はどうなっているのか。「不条理」の意味を知らないようだ。簡単に言えば「道理に反すること。不合理なこと」をいうわけだが、それは「政治=権力」で正せることではない。敢えていえば、政治=権力そのものが不条理な存在なのだ。そう認識することによって、政治の浄化は、はじめて可能になる。

 そもそも「小沢問題――政治と金」は、小沢氏に原因があるのではない。これまでも繰り返し説明したが、西松事件は、検察が麻生政権の圧力で、これまでの政治資金規正法の解釈と運用を極端に変更して、大久保秘書を逮捕したことだ。裁判で検察側証人が証言を覆して、訴因は事実上消えてしまった。

 陸山会事件は、会計事務を担当していた当時の秘書たちの収支報告の時期が遅れた「期づれ」が起訴の対象となった。これは基本的に犯罪となる筋のものではない。それを敢えて当時の秘書であった石川衆議院議員を逮捕までした。狙いは水谷建設から裏金を受け取ったというガセネタを利用しての「小沢潰し」であった。陸山会事件の裁判が始まれば、政治的謀略事件であったことが明確になることを私は確信している。そのために菅首相は「小沢排除」をあせっているのだ。

 小沢氏本人が「期づれ」報告の共犯容疑で何度も東京地検特捜の取り調べを受け、その結果不起訴となったのである。西松事件から始まって約1年3ヶ月と、約30億円ともいわれる税金を乱費して、東京や地元事務所、そして企業を数回に渡って強制捜査の上である。それだけでなく、憲法違反といわれる検察審査会に、いかがわしい人物が市民目線という美名のもと、不起訴不当を申し立てたのである。

 麻生自民党政権は、民主党の政権交代を阻止するという「不条理」によって、小沢氏を政界から追い落とそうとした。それを菅民主党政権は継承することになるが、これこそが不条理とはいえないか。

 司法界に詳しい専門家の話によれば、暗躍したのは弁護士の仙谷官房長官で、検察審査会関係まで手を入れたとのことだ。信じられないことだが、2度目の議決が適法に行われたかどうか疑問があり、検事役の指定弁護士が起訴すれば弁護士法の懲戒問題が起きる、との見方をする専門家もいる。仙谷官房長官が法務大臣を兼務して異常な月日となる。しかも「小沢問題」にとって微妙な時期だ。裏からの何かがあったはずと想像するのは、私一人ではない。仮に裁判となれば、これらの事実が白日のもとに晒され、不条理な政治が正されることにもなろう。

 要するに、「不条理」なことをやってきたのは小沢さんではなく、自民党麻生政権と、それを継承した菅政権であることはネット社会の常識となっているが、国民の皆さんに是非とも理解して貰いたい。

 菅首相には、もう一つ「大不条理」がある。この年頭会見で、小沢一郎という政治家に議員辞職を迫ったことである。国民有権者から選ばれた国会議員に辞職を迫ることは、国民主権という憲法の基本原理に反することがわかっていない恐ろしい人間だ。国会決議ですら、憲法に違反するといわれているのにである。しかも、起訴されていない段階での言動であり、これでは内閣総理大臣としての資質どころか、普通の人間として信用できない病的な言動である。

 さらなる「巨大不条理」は、この菅首相の一連の言動を批判するメディアがいないことである。それどころか、最初に紹介したように『本気ならば応援しよう』と論じたメディアがいる。菅首相と朝日新聞は、もはや精神的危篤状態といえる。そして、この事態に何の危機感も持たない与野党の国会議員たち、わが国の議会民主政治もいよいよ危篤状態かと、国家の滅亡がそこまできた感じだ。

 ところが一点の光が差し込んできた。それは、西岡武夫参議院議長の月刊「文芸春秋」に寄せた手記である。菅首相について、「国家観、政治哲学を欠いたままでは、国を担う資格なし」と断じ、「そもそも国家に対する『哲学』すらないのではないか」と切り捨てている。

 仙谷官房長官の放言癖にも怒り、「彼の発言は国会答弁の名に値するものではない。弁護士の経験からつかんだものであろう『法廷闘争』のやり方だ」として、国会議員の資質に疑問を投げかけている。議長職のため党籍を離れているとはいえ、与党民主党の重鎮でもある西岡さんの、辛辣な意見に彼らは何と答えるだろうか。

 そういえば、菅首相を弁護する仙谷官房長官の国会答弁は、まるで総会屋や裏社会を擁護するような態度であった。本来なら、マスメディアがこういった指摘をすべきことだが、それどころか巨大メディアの増長は、権力と結びついて情報社会を支配すべく暗躍を繰り返している。