板垣 英憲(いたがき えいけん)「マスコミに出ない政治経済の裏話」の大阪市の橋下徹市長が策定する「船中八策」は天下を動かすか?を以下に紹介する。

大阪市の橋下徹市長が策定する「船中八策」は天下を動かすか?
◆大阪市の橋下徹市長が現在、現代版「船中八策」を構想中という。
 「船中八策」とは、言うまでもなく幕末の志士・坂本龍馬が1867年(慶応3年)6月、土佐藩船「夕顔丸」で上洛中の洋上で策定した新国家体制の基本方針である。原文書も写本も現存せず、詳しい成立過程を証明する史料もないけれど、オリジナルは上田藩士で儒学者の赤松小三郎の構想とも言われている。坂本龍馬は、前土佐藩主の山内豊信(容堂)に大政奉還論を進言するため、「船中八策」を策定し、参政の後藤象二郎に提示した。これを海援隊士・長岡謙吉が書きとめ、後に成文化される。
 後藤象二郎が、この「八策」を山内容堂に説き、容堂が第15代将軍・徳川慶喜に建白し、同年11月、坂本龍馬は「新政府綱領八策」(現在、国会国立図書館と長府博文館に保存)を直筆で書いている。
 坂本龍馬は、機を見るに敏、チャンスとタイミングを逃さず、勝負を決する時と思ったら、一気呵成に行動に打って出る大胆さを持っていた。そして、臨機応変、攻めに奮戦し、天から与えられた使命を果たして、激動の幕末を駆け抜けて行ったのである。
◆おそらく、橋下徹市長は、現代の坂本龍馬の気分だろう。現代版「船中八策」の策定に当たっては、作家である堺屋太一・元経企庁長官(元通産官僚)の知恵とアイデアを借りることになるに違いない。橋下徹市長が進める「維新」のプロデューサーであり、「維新戦争」
総参謀長である。
 橋下徹市長が、いかなる現代版「船中八策」を策定するか?3月ごろには発表する予定のようだが、実に楽しみなことである。
 坂本龍馬の「船中八策」は、以下のように書かれていた。

〔船中八策〕
一策 天下ノ政権ヲ朝廷ニ奉還セシメ、政令宜シク 朝廷ヨリ出ヅベキ事
二策 上下議政局ヲ設ケ、議員ヲ置キテ万機ヲ参賛セシメ、万機宜シク公議ニ決スベキ事
三策 有材ノ公卿諸侯及天下ノ人材ヲ顧問ニ備へ、官爵ヲ賜ヒ、宜シク従来有名無実ノ、官ヲ除クベキ事
四策 外国ノ交際広ク公議ヲ採リ、新ニ至当ノ規約ヲ立ツベキ事
五策 吉来ノ律令ヲ折衷シ、新ニ無窮ノ大典ヲ撰定スベキ事
六策 海軍宜シク拡張スベキ事
七策 御親兵ヲ置キ、帝都ヲ寄護セシムベキ事
八策 金銀物貨宜シク外国ト平均ノ法ヲ設クベキ事

以上八策は、方今天下の形勢を察し、之を字内(うだい)万国に徴するに、之を捨てて他に済時の急務あるべし。苟(いやしく)も此数策を断行せば、皇運を挽回し、国勢を拡張し、万国と並立するも亦敢て難(かた)しとせず。伏(ふし)て願(ねがは)くは公明正大の道理に基(もとづ)き、一大英断を以て天下と更始一新せん。

◆この「船中八策」は、公議政体論の下、憲法制定、上下両院の設置による議会政治、不平等条約の改定、海軍力の増強、御親兵の設置、金銀の交換レートの変更など、当時としては画期的な条文が平易簡潔な文章として記されている。坂本龍馬と親交のあった福井藩政治顧問・横井小楠(肥後熊本藩士)の影響が色濃く出ている。

「八策」目は、「金銀の交換レートが国内と国外で異なっていると、二国間で金銀の交換を行なうだけで利益を上げられるので、貿易や物価安定に好ましくない」という経済政策である。農本主義を基本としてきた封建体制の日本が、いよいよ資本主義経済社会、加えて当時の欧米列強が行動原理としていた帝国主義・植民地主義、つまり弱肉強食社会に仲間入りする息吹と意欲がよく伝わってくる。
 明治政府が、帝国憲法制定、議会開設まで、政府機構を何度も改変し、紆余曲折したのと比較すると、坂本龍馬が、「船中八策」作成に当たり、いかに鋭い先見性を持ち、時代を先取りして、文章化していたかがわかる。つまり経済に強い政治家としての天才ぶりが、よく窺われる。

 坂本龍馬の「船中八策」が、幕末・明治維新から今日までの144年の歴史を動かす「原点」とも言うべき新国家体制の基本方針になったことを考えると、橋下徹市長の現代版「船中八策」が、これから100年~200年の日本史を動かす「原点」となる力らを持つか否かが試されているといえる。以上